多くのカウンセラーは傾聴を『オウム返し』と勘違いしている
公認心理師、臨床心理士だけでなく民間資格でカウンセラーを名乗っている人であれば、『傾聴』という言葉を知っているはずです。
しかしながら、カウンセリングを受けた人の中には「ただオウム返しのように真似されて嫌な気持ちになった」という方がいます。
この理由は、①カウンセラーが傾聴の意味を知らないまま実践している、②カウンセラーが十分な説明をしていない、などが考えられます。
こうした問題を受けて、傾聴とは何なのか、どのような説明が必要なのか、についてお話します。
傾聴とは
傾聴とは、カール・ロジャーズが提起した『来談者中心療法』という心理療法のなかで注目された技法で、「クライエントの心の声に耳を傾け、肯定的な態度で聴く」という意味を持っています。
ロジャーズは来談者中心療法のゴールを『自己受容』と考えていました。自己受容とは「自分をありのままに受け入れ、肯定的な未来イメージを持つことができる状態」を指します。
ロジャーズによると、いわゆる臨床群の人たちは自己イメージと実際の経験の不一致、理想自己と現実自己の不一致がある場合に、心を病み、苦しんでいると考えました。
また、ロジャーズは来談者中心療法のなかで大切にするべきは『自己成長』だとしています。ロジャーズは長年に渡り、青年期の臨床を担当していたこともあり、青年期の自己成長に伴う、症状の緩和・改善を見てきました。
その過程において、ロジャーズのセラピーでは『自己成長』や『自己受容』を促す傾聴(非指示的カウンセリング)に重きを置くようになったのです。
つまり、傾聴をただのオウム返しと考えている人は、本来の目的を知らずして、『傾聴っぽいこと』をしてしまっているのかもしれません。
傾聴への批判
ロジャーズが活躍していた頃、彼が掲げた来談者中心療法への批判が相次ぎました。その当時も『ただのオウム返しだろ』という人がいたわけです。
ロジャーズの生い立ちまでを知る人は少なく、来談者中心療法の目的を知らずして実践した人たちへの批判が提起者である彼に向いたのです。
彼は、こうした批判を受けて、現役を退くきっかけになりますが、彼の功績は大きく、教え子たちは彼のセラピーに影響を受けて、カウンセラーに重要な基本態度などを受け継いでいきます。
傾聴の扱い方
ロジャーズは日本が好きで、何度か訪れています。このため日本の心理学界でもロジャーズの来談者中心療法は注目を浴びて、数々の書籍が出版されています。
日本の心理療法は、フロイトの精神分析やユング心理学、認知行動療法が主流となっています。
僕が来談者中心療法を軸としているのは、僕の領域における対象が児童期や青年期、成人期(前期)が多く、来談者中心療法の『自己受容』や『自己成長』の考えが合致しやすいからです。
勿論、クライエントの状況や状態などに応じて、認知行動療法を用いることもあります。どちらにせよ、カウンセリングの方針を具体的に説明するようにしています。
このインフォームド・コンセントはとても重要です。体系化されていないカウンセラーはこれを省くことがあるようですが、クライエントからすると「自分が何をされるのか」や「どういう効果が期待できるのか」など知っていないと不安になってしまいます。
傾聴は非日常的体験である
傾聴に限らず、心理療法のほとんどは非日常的体験となります。クライエントの多くは、カウンセリングを受けることを「話を聞いてもらう」や「アドバイスをもらう」などと思っています。
実際の心理療法はこれより複雑です。様々な技法があったり、傾聴によって考えを整理したりするため、非日常的体験となり、クライエントは最初、大きな違和感を抱きます。
こうした違和感を抱くことは当然のことです。まずは場やカウンセラー、療法に慣れていくことが大切です。
このようなステップを踏まずして、心理療法を始めると、『あやしい』や『こわい』と思われてしまうことになります。
傾聴の目的
傾聴はオウム返しではありません。クライエントにとってオウム返しのように聞こえているということは傾聴が上手くできていないとも言えます。
傾聴の本来の目的は、クライエントの考えを整理してあげたり、クライエント自身も気づいていない感情を言語化するという部分にあります。
例えば、来談した高校生が親のいないカウンセリングルームのなかで親に対して暴言を吐いています。この場合、僕なら『お母さんに対してイライラするような思いがあるんですね』などと話します。
これが高校生のなかで腑に落ちたなら『そうなんです。母親の〇〇が許せなくて……』など自分から話を進めたりします。
腑に落ちない場合、『イライラしているというか、昔から厳しすぎて、もう高校生なんだから……』など訂正を加えて話してくれます。
この回答に対しては、『そっか。子ども扱いされたくないよね。どれくらい厳しいの?』など生育歴がわかるエピソードを聞き出したりもします。
こうなると自然な傾聴ができていると思われます。一方でオウム返しと言われている方は、傾聴っぽいことを使いすぎていて、『高校生にもなるのに厳しくされて、嫌な気分ですよね。』など何度も相手の言葉をそのまま返してしまいます。
高校生は『イライラ』は否定していて、でも似た感情は持っていると解釈しながら、この場では深く掘り下げず、話したいであろう母親への思いを話さしてあげることに注力します。
傾聴の目的は、考えの整理と感情の言語化ですので、クライエント自身もめちゃくちゃ丁寧に言われなくても『イライラとは違うけど…』と表現しにくいが明らかに嫌な感情があることは理解できています。
この感情とリンクして『〇〇と言われるのが嫌』ということがわかれば、自身を客観的にみることができます。
傾聴のリスク
傾聴といっても、聴きすぎることにはリスクが生じるということも覚えておいてください。
大きな災害の被災者に対するカウンセリング、虐待やイジメのカウンセリングにおいて、そのときの出来事や様子、感情などを細かく聴きすぎてしまうと、状態によってはクライエントを酷く苦しめてしまうことがあります。
このようなカウンセリングにおいては、認知行動療法のような短期決戦が有効になることもあります。とはいえ、僕は世間話から始めて、未来に焦点を当てたカウンセリング(ロゴセラピーなど)を行います。
未来への希望を持つことを大切なポイントとして、それの弊害となる過去の出来事や現在の状況を少しずつ溶かしていくイメージです。
青年心理学の概念で『時間的展望』というものがあります。要するに未来・現在・過去が統合されているほうが健康かつ柔軟に生きていけるとした概念です。
『過去は一切忘れて今だけを楽しめたらいい!』などとする青年はこれに反して『過去にとらわれて』いたりします。つまり、過去(課題)を放ったらかしにして、今だけで人生を評価しているのです。
僕の場合は、クライエントを苦しめてしまうことは極力避けます。この危険性がある場合はクライエント本人が『今なら闘える!』という状態になったときに対峙させます。
例えば、不安障害の方へのカウンセリングにおいては段階的暴露療法を用います。とはいえ、いきなり不安場面に対峙させてしまうと、上手くいかなかったと落ち込んでしまったり、自信をさらに失わせてしまいます。
この場合は、不安階層表を一緒に作りながら、どの手段であれば、どこまで挑戦できそうかと話し合い、本人が『これなら頑張れそう』と肯定的な思いを持った場合に、実践に向かいます。
傾聴は来談者中心療法の他の療法においても、導入として使用できるカウンセラーの基本です。傾聴が上手なカウンセラーはカウンセリングが上手と言えるかもしれません。
傾聴の技法を学ぶには
個人的にはロジャーズの書籍に触れて、傾聴や来談者中心療法についての理解を深めることが近道になると思います。
また、熟練の臨床心理士の先生にスーパーヴァイズをお願いして、実際に傾聴してもらうといいです。傾聴が上手な先生と話すと、まさに頭の中がどんどん整理されていく感覚になり、最初は驚くことと思います。
書籍でいえば、以下をおすすめさせていただきます。
はじめての傾聴術
可愛らしい表紙の書籍ですが、うんうんと頷かされる内容です。まさに基本的な部分は網羅されていて、これに加えて、来談者中心療法の理解が深まれば、傾聴のレベルアップは間違いないです。
ロジャーズ全集 1959
こちら(↑)は論文の引用参考文献にもよく使われているロジャーズ全集を和訳しているものです。カウンセラーの条件や自己の理論について、当時のロジャーズの言葉で学ぶことができます。少々、内容は難しいですが、傾聴を本気で勉強したい人には何度も読んでほしい一冊です。
最後に
傾聴の技術の習得には終わりがありません。傾聴のこれといった正解もないと思っています。僕は来談者中心療法を軸にしているため、傾聴に重きを置いていますが、それぞれの療法や仕事によっても、傾聴の違いはあると思います。
とはいえ、ロジャーズの来談者中心療法における傾聴は全ての基本となり得るとも思っています。この意味でも、ぜひロジャーズの理論に触れてみてください。