夫婦関係(両親関係)が子どもに与える心理的影響【情緒的安定性理論】
親が子どもに与える影響については、生物学的に捉えて遺伝的影響や環境的影響があるとされてきた。その中でも、心理学の領域として焦点を当てたいのは、両親が子どもに与える心理的影響である。
今回は、親の養育態度が子の心にどのような影響を与えているのかを考えてみたい。
アタッチメント理論
心理学の研究としては、ボウルビィのアタッチメント理論を知っておかなくてはならない。
アタッチメント理論は、戦争によって孤児となった子が、母親からの愛情を受けることなく育つことは、将来的な情緒的不安定や社会的不適応に繋がるリスクが高くなると示唆してきた。
ハーロウは、他の実験に使う予定だったアカゲザルの子が檻の中で混乱している様子を見て、母親を失ったアカゲザルは情緒的混乱を示すとの仮説を立て実験を行った。その実験は、針金で作った母ザルと布地で作った母ザルを用意して、子の反応の違いを観察するといったものだった。
ハーロウは、一連の観察から『母親から養育を受けていない子ザルは攻撃性が高く、自傷行為もみられる』や『子は愛着行動として布地製の母ザルを求める』と示唆した。
エインズワースは、母親と幼児の分離場面や再会場面、見知らぬ女性との対面場面での反応を観察することで、母親の養育態度と子のアタッチメントの関連について考察している。この方法は、ストレンジ・シチュエーション法として知られている。
このようにアタッチメント理論は、長らく研究されてきたわけだが、文化的な違いや研究の安定性なども指摘され、現在でも議論がある。
情緒的安定性理論
夫婦関係もしくは両親関係(以下、夫婦関係)は、子どもの情緒的安定性に影響を与える。
例えば、虐待には心理的虐待、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待があるが、最も多いのは心理的虐待である。心理的虐待のなかでも特に多いが、DVの目撃とされている。
これは、子自身は暴力や暴言を受けていないが、両親の一方が一方を攻撃する場面を間近で目撃しているとするケースである。また、両親の離婚や不仲ですら子どもの情緒的安定性に影響を与えるとする報告もある。
アタッチメント理論では、親子関係の在り方が子どもに影響を与えるとされているが、情緒的安定性理論では、夫婦関係(両親関係)が子どもに影響を与えるという点で、意味が異なる。
子どもが見る夫婦関係
大人の目線で夫婦関係を捉えると、仲の良い両親は冗談を言い合ったり、デートをしたり、生活の中で自然な信頼関係が垣間見えるものである。
たとえ仲が良かったとしても、父親は仕事ばかりで育児は母親だけが行っている家庭は、子どもにとっては仲の良い両親とは感じづらいだろう。
いつのまにか父親は敵とみなされ、思春期には毛嫌いされることもある。それでも仲の良い両親は、子どもに対して、『お父さんは仕事を頑張ってくれている』や『お母さんの言うことを聞くんだよ』など、互いの信頼性を伝える機会があり、子どもはそういったことから両親の仲の良さを感じる。
離婚や別居などは、子どもからしても家族の崩壊と意味で理解しやすい事象となる。一方で、離婚や別居に至らずとも喧嘩が多かったり、子どもの前で悪口を言ったりする場合は、子どもに無意識的な悪影響を及ぼす可能性があると考える。
例えば、菅原ら(2002)は『家庭の雰囲気』や『家族の凝集性』が『子どもの抑うつ傾向』に影響を与えると示唆している。
菅原らの研究は、父親もしくは母親の養育態度が問題となるとしながらも、家庭の雰囲気や家族の凝集性に焦点を当てている。
家族の凝集性について、凝集性が低い場合は家族成員がそれぞれ別々の生き方をしていたりしてまとまりに欠ける状態であり、凝集性が高い場合は家族で食事を摂ったり、ことあるごとに家族で支え合う体制にある状態であることを意味している。
- 菅原ますみ ら(2002)夫婦関係と児童期の子どもの抑うつ傾向との関連ー家族機能および両親の養育態度を媒介としてー ,教育心理学研究,50,129-140.
臨床における夫婦関係の扱い
心理支援を行う上でクライエントの生育歴は重要なヒントになり得る。例えば、境界性パーソナリティ障害の子どもは、虐待の被害を受けていることが多いとされているが、虐待の事実がない場合がある。
両親は離婚しておらず、虐待の事実もない。いじめや愛着障害の傾向もみられない。この場合、夫婦関係の状況を聞くことがある。
というかクライエントである子どものほうから『家に居たくない』などの話があり、掘り下げてみると冷えきった夫婦関係の状況が明らかになることがある。
子どもの『家に居たくない』というのは、家庭の居心地の悪さを意味する。これは「父親が厳しすぎる」や「母親の小言が嫌」などの養育態度が問題である場合もあるが、上述のとおり夫婦関係が問題である場合もある。
両親が頻繁に喧嘩している状況を目にしていたり、お互いが子どもに陰口を言っていたりする。子どもは両親の板挟み状態になってしまい、身動きがとれなくなる。こうなると「家に居たくない」というのも当然だろう。中には、心配されたいと本当に家出をしてしまうケースもある。
こんな状況でも、低年齢の子どもは両親を良く思いたい心象であることもあり、両親を支持することもある。この場合、子どもの視点における「意味づけ」が行われており、カウンセリングにおいては「意味づけ」の扱いが重要になってくる。
極端な話、虐待を受けているにもかかわらず、親を守るような言動をする子どもは多い。僕は、こうした子どもの思いは大切に扱い、否定することはない。その一方で、児童相談所への通告をしなければならない。
臨床においては、事実だけでは読み取れ切れないことがある。子どもの表現できない思いを言語化し、心のうちを整理する手助けをするのがカウンセリングの1つの役割である。
最後に
『離婚』に関する意見は様々あるが、離婚をしてもしなくても、夫婦関係が上手くいっていない状態は、子どもの情緒的安定性に影響を与える。
『喧嘩の場面を見せない配慮』や『信頼性を表現すること』も大切である。良くも悪くも子どもは両親のことをよく見ている。