優しくなりたい人へ【行為的な優しさと特性的な優しさ】

こんにちは。中津です。

今回は、少しだけ難しい話をします。ただ、「優しい人になりたい」という方にとっては有益な記事です。ぜひ、最後までご覧ください。

僕は、大学院で臨床心理学を学び、高校教員を経験しました。高校教員を退職後、フリースクールを開業しました。

僕は、教員時代、教員を敵視する生徒とも出会い、向き合ってきました。彼らは教員や大人というカテゴリー自体を嫌っています。過去に嫌な経験をして、信じられなくなっているのです。

僕は、彼らの気持ちは当然だと思っていますし、反対するつもりはありません。しかしながら、このまま信頼を得られず、また信頼を与えられない大人に育っていくだろう彼らに対して、少しでも変わった大人がいるんだということを示したくなりました。

直線的にぶつかろうとしても、彼らは横道に避けるばかりで、話すらできません。そこで僕は優しさについて、深く学ぶことにしました。きっと一貫した接し方をすることで、彼らの気持ちに届くだろうと考えたのです。

優しさを知る

優しさには、「行為的な優しさ」と「特性的な優しさ」があります。

行為的な優しさは、ちょっとした心遣いさえできれば、それほど難しいことではありません。しかしながら、行為的な優しさは、利己的に選択される一つの選択肢に過ぎません。

例えば、好きな異性の前だけ、優しいように振る舞うことがそうです。自分に好意を寄せてもらいたいという理由で選択される優しさ行動です。

特性的な優しさは、内から湧き出る優しさのことで、誰にでも優しさを向けることができますし、突発的な状況においても優しさ行動を選択することがほぼ無意識にできてしまいます。

例えば、時間がないにもかかわらず、困っている人を見つけると声をかけたり、損失を自己犠牲で解決させようとします。

よく「優しい性格」というと「大人しい」というイメージがある方がいますが、単に大人しいのとは異なります。ごく自然に優しい振る舞いができる勇気ある方のことです。

目指してほしい特性的な優しさ

僕が目指すのは特性的な優しさです。誰しも小学生や中学生くらいの発達段階では、自己中心性が抜けきらず、どこか自分の利益を考えて行動しています。大人であっても、自己中心性が抜けないままの人も多数います。

おそらく自覚がないことが大きな要因です。誰しもが人間関係でそれなりの失敗をしてきていることと思いますが、そこで反省して、もっと優しくできたらよかったのに、と自覚できた人は、優しさについて一度は想いを巡らせたことでしょう。

僕もいい歳になりましたので、こういう話を聞くことが増えてきました。どんな話かというと、夫婦関係のトラブルです。交際していたときは優しかったのに、結婚してから優しくなくなったというのです。

もうお分かりかと思いますが、交際中に優しいと感じていたのは、交際相手が行為的な優しさを示していただけであって、特性的な優しさを見極められなかったというわけです。では、どうすれば、特性的な優しさを見極めることができるのでしょうか。

これは、凄く簡単です。交際相手の友達や家族への振る舞いを確認することです。友達や家族の前では、優しさを演じていたとしても、ボロが出てきます。また、自分がいない場面でも他者に優しくしているようであれば、特性的に優しいと判断することができます。

特性的な優しさから湧き出る行為的な優しさ

優しさの大小と言いましょうか、方向性と言いましょうか、特性的な優しさを持つ方は、行為的な優しさが湧き出ています。ペットに優しかったり、虫も殺さないような優しさが湧き出ています。また、特性的な優しさを持つ方は、年下や後輩に対しても、敬語を使ったり、物腰が柔らかかったりします。

大人しいとは異なります。しっかり積極的に行動しながらも、所々で優しさが垣間見えます。最初の話に戻りますが、僕が目指した生徒に対する優しさは、どんなに冷たくされても、その生徒を心配し、応援し、普通に接することだと思いました。

どんな子どもでも、「よく頑張ってるね」「最近、調子どうなの」「怪我してないか」と声をかけられると、大人に対して信頼を寄せ始めるものです。

僕の優しさは、まず行為的な優しさから始まりました。生徒に好かれたい、信頼されたいという気持ちがありました。この時は、生徒からも避けられていたと思います。それでも年齢が近いこともあってか、教員の中では接することができていました。

慣れてくると自分の想いを考えることなく、ほぼ無意識で接することができるようになりました。この頃から、挨拶をするとふざけながらも返事をしてきたり、会釈してくるようにはなりました。次第に生徒の方から、絡んでくるようにもなりました。高校生特有の距離感だと思いますが、関係は上手くいっていたと思います。

僕は、まだ優しさを意識しながら生活しています。特性的な優しさを達観するには、もうしばらく時間がかかりそうです。よく臨床心理学を勉強している人って、皆さん優しいですよね。と言われます。

僕が知っている方は、確かに特性的な優しさを持つ方が多いです。しかしながら、そうでない方もいます。臨床心理士といえど、内から湧き出る本当の優しさを持つ方は、一握りだと思っています。おそらく、その境地に立つことで、臨床心理学の何たるかが理解できるのだと感じています。僕の目指すところです。

最後に

皆さんはいかがでしょうか。ご自身を振り返ってみて、特性的な優しさはありますでしょうか。きっと優しさを持つ方のところには、沢山の仲間がいることでしょう。人徳というものでしょうか、不思議と集団の中心に居たりします。強い心を持ちながら、自然に他者視点で相手に寄り添うことができる、そんな人間になりたいものです。