【不登校になったあとを考える】不登校になると社会性やコミュニケーション能力は低くなるのか

2020年10月22日

こんにちは。フリースクールCOZYです。

不登校児の保護者様の心配事の一つに『社会性やコミュニケーション能力が低くなりそう』というものがあります。今回は、この疑問に対して、僕の考えをお伝えしたいと思います。

話す機会が減る

不登校になると、今まで当然のように確保されていた友達や先生と話す機会が減ってしまいます。これは確かです。同じ学年の友達と色んな問題に立ち向かい、学校生活を送っていくという学校教育の陰の目的があります。これは、将来の仕事場や仲間コミュニティなど共同生活を営む上で、大切な経験となっていきます。また、先生は大人です。親以外の大人と話すことで、話し方や敬語のスキルを身につけることもできるでしょう。近年では、SNSで不特定多数の人と交流することができるので、この点でいえば、SNSの使いようによっては補うことができるとも思います。しかしながら、共同作業という点においては、やはり実働的な活動が好ましいとも感じます。例外的に、一緒にオンラインゲームをしたり、オンライン配信などを利用して、対面的に活動することも可能ではあるので、補える部分もあります。

子どもが気にする社会性と親が気にする社会性

社会性とは何か。

若い世代では、「陰キャ」「陽キャ」と呼ばれる略語が使われています。「陰キャ」とは、陰寄りのキャラクターということで、大人しかったり、人の前で話すことが苦手だったり、コミュニケーション能力の乏しかったり、という意味で使われています。逆に「陽キャ」は陽寄りのキャラクターということで、明るかったり、活発だったり、コミュニケーション能力が高かったり、という意味で使われています。若者たちの中では、どこか「陰キャ」と「陽キャ」は共存しないようなイメージがあり、「陰キャ」は「陽キャ」になりたいという発言があるなか、その逆の発言は見られません。

社会性とは何か。と疑問を投げかけましたが、大人が想像する社会性は「ビジネスマナーのような言葉遣いや始めて会うような人を相手にしても積極的に話をしたりできる、いわば社会で生きるためで役に立つ特性」を意味していますが、子どもが捉える社会性は同じではないかもしれません。

僕個人の感想としては、小中学生のときに国語で敬語や常用言葉の基礎を学び、あとは部活動であったりアルバイトであったり話し方が上手な社会人の真似をしてみたり、その程度の学習だったと思いますが、人生であまり困ったことはありません。勿論、営業職やアナウンサーのような言葉をメインに使う仕事をする場合は、しっかり勉強しないといけないと思います。ただ、社会人になってみると、仕事をし始めて、ようやく話し方を意識するようになり、上手に話す人の真似をする程度で、話し方の部分は上達していきます。

問題になるのは、社会的なスキルの部分です。例えば、「初めて会った人への挨拶の仕方」「謝罪の仕方」「お礼の仕方」といった言語と非言語の合わさったもの、相手の気持ちを考えて現状判断をして、行動に移すという部分です。ビジネスでも何でも第一印象は大切です。初めて会った人にかしこまって挨拶をする場面で、頭をかきながら、よそ見をしながら、だと相手は良い印象を抱きません。この部分の心配は、保護者として持っていて当然だと思います。これが原因で取引相手を怒らせてしまうようなことは避けたいものです。

不登校児が強みにできる社会性

上述の社会性は、持っていて損はないスキルです。しかし、学校に通っていないことが直接的に社会性を育まない理由になるか、必ずしもそうとは限りません。これらは、学校でなくても学ぶことができます。ただし、積極的に学ぼうとする態度は必要です。受け身でいて、誰かが丁寧に教えてくれることはありません。そういう意味では、学校でなくても、適応指導教室やフリースクールのような同年代の人や大人の支援者との関わりを持つことは良い機会になるかもしれません。

少し話が変わりますが、人間的な部分で、社会性の別の側面についても考えてみます。僕は、ビジネスマナー的な社会性も大切ですが、それよりも不登校になったからこそ身につけることができる社会性に期待をしたいと思います。例えば、「相手の気持ちを察することができる」「些細な言動から相手の気持ちを読み取る」など心に傷を負い、人との関わりに繊細になっている子どもたちが持つとても人間的な特性です。この特性を獲得するためには、優しい心を持っていることと、自分の心を上手に発達させることが条件にあるように思います。

挫折を経験して、そのまま非行に走り、悪い心のまま大人になっていく人は、おそらく自分の心と上手に向き合うことができずに苦しみ続けている人です。心の傷は、自分一人で癒やすことは難しいです。僕は教育者でありながら、一人の大人でもあるので、贔屓はしないように努めますが、それでも優しい心を持つ子どもには、自然と話しかけて、話す時間は長くなってしまいます。一方で、社会に出てみると、『人徳』というものを感じるときがあります。優しい人の側には人が集まります。困ったときに優しく教えてくれる想像ができるからです。そして、この恩は自然に返したくなります。いつもお世話になって、ありがとうございます。そういう気持ちを素直に表出することができるのです。

不登校になったということは、『優しい人間』になれるチャンスでもあると思います。挫折を挫折のまま終わらせるのは、勿体ないです。どこかで武器に変えていきましょう。

最後に

フリースクールを運営する上で、社会性の部分は大切にしたいと思います。ビジネスマナー的な社会性もそれなりに教えることはできますし、自分の経験から面接練習などすることができます。そして、なにより『優しい人間』になれるように挫折経験を慎重に扱い、支援していきたいと思います。

今回はここまでにします。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。