おちてったん【ホラー/怪談】

2022年7月6日

おちてったん【ホラー/怪談】

私が体験した話です。

私は、地方にある中学校の教員をしています。周りは田畑に囲まれていますが、車があれば生活に不自由しない程よい田舎です。転勤してきた当時は、不安もありましたが、生活のしやすさと田舎の長閑さが私に合っていて、心地よさを感じていました。

子どもの数は少なく、1クラス23人の2クラスしかありません。世間では忙しすぎると言われる教育現場ですが、子どもが少ないと仕事の負担も小さいです。

新年度が始まり、私は1年生の担任を持つことになりました。新しいクラスには、1人だけ知的障害のある女の子Aがいます。

とはいえ、他の子たちも小学校から一緒でイジメや差別のようなことはなく、Aちゃんが困っていると助けてくれる優しい子たちばかりです。

Aちゃんは、楽しかった出来事をよく覚えていて、「〇〇ちゃんとお絵かきしたの!」など教えてくれます。Aちゃんは、知的な遅れはあるものの愛嬌があり、学校でも人気者です。

ある日の図工の時間、他の子たちの課題とは別にAちゃんは絵具でお絵かきをしていました。Aちゃんには支援員さんがついていて、いつもAちゃんの横で見守っていてくれます。

私も安心して、授業を進められるのですが、その日はAちゃんがパニックを起こしてしまいました。しかし、私の経験上、知的障害のある子がパニックを起こすのは、よくあることなので、いつものように落ち着かせて、その日の帰りにお母さんにパニックを起こしたことを説明しました。

お母さんは、Aちゃんが小さいときはパニックがあったけど、ここ数年は無かったと教えてくれました。何かパニックのきっかけがあったのかもしれません。

しかしながら、この日を境にAちゃんは急に泣き出してパニックになることが増えてしまいました。お母さんに聞いても、家では普通で投薬もしておらず、原因が分かりません。

少し気になるのは、パニック状態のときに「ゆうちゃんおちてったん!」と言っていることです。「ゆうちゃん」は友達の名前、「おちてったん」は落ちる+方言と解釈できます。

クラスには、「ゆうと」や「ゆうき」など『ゆうちゃん』に当てはまる子が複数いるので、『ゆうちゃん、って、山本ゆうきくん?』と一人ずつ聞いていきましたが、どれも「違うの!」と言われてしまいます。

これまでもAちゃんが私の知らない子の名前を出すことがあったのですが、送迎にきてくれるお母さんに聞くと、大体は幼稚園や小学校でよく遊んでいた子でした。『ゆうちゃん』については、小学校の3年生のときにクラスが一緒だった子じゃないか、と話してくれました。

この話を職員室で他の先生と共有しました。すると一人の先生が「そういえば、知り合いに聞いたんですけど、その小学校で数年前に転落死した子がいるはずです。田舎だからか報道もされていなくて、内々で処理されたから知ってる人が少ないらしいです。」と言うのです。

転落死した子が『ゆうちゃん』なのだとしたら、Aちゃんは事故の現場を見てしまったのではないか、と職員室では話題になりました。しかし、憶測でしかないので、この話はここで終わりになりました。

 

それから数ヶ月が経ちました。Aちゃんの状態も落ち着いていたのですが、またAちゃんの『ゆうちゃん、おちてったん!』が出てきました。

Aちゃんは泣き出してパニックを起こしてしまいました。この日は、教員の研修で授業を見にくる先生がいたりして、いつもと違う雰囲気がダメだったのかもしれないと思いました。

支援員さんがAちゃんを別室に連れていき、背中を擦ったりして、なんとか落ち着かせてくれました。授業後にAちゃんの様子を見に行くと、Aちゃんが見たこともない表情をしていて、私は少し恐怖を感じました。

支援員さんも同じように思ったらしく、二人で心配していました。すると、突然にAちゃんが廊下に出て、そこにいた先生のほうをジッと睨みました。

そして、Aちゃんはその先生を指さして『ゆうちゃん、おちてったん、』と小さな声で言いました。

 

その先生は、研修で本校に訪問していた小学校の先生でした。その先生は今でもAちゃんの出身小学校で勤務しているそうです。