フリースクールを開業して1ヶ月が経ちました。ここまでの道のりを嘘偽りなく全てお話します。┃三重県松阪市のフリースクール&カウンセリング

2020年3月末に高校教員を退職しました。僕は、実習助手として、バレーの強豪校で勤務し、バレー部の顧問として、子どもの全国大会で勝ちたいという夢を叶えるため、毎日が必死でした。

2018年、三重県インターハイの年です。実習助手はいわば非正規です。僕は教員採用試験に合格して、正規の教員になることが目標でした。何とか30歳までに受かって、生活を安定させなきゃと焦りもありました。

ところが、三重県インターハイということで、大会スタッフとしても働き、顧問としても他県から来る学校の生徒を合宿所で世話しながら、過ごしていました。

教員採用試験の一次試験は、まさにその最中に行われます。忘れもしません。合宿所で涙を流しながら遅くまで勉強していました。当時は、60連勤くらいしてたと思います。もう心も身体もおかしくなっていました。

教員採用試験の当日、僕は寝坊しました。自分でいうのもおかしな話ですが、僕は真面目な性格で遅刻なんてしたことがありません。どうして、よりによって今日なのかと思いました。

本当に1分前くらいに入室して、何とか受験しましたが、酷い結果でした。それもそうです。合宿所で5泊して、教員採用試験、その後も4泊です。1日、1時間も勉強できればいいほうです。僕は未来が見えなくなりました。

2019年、もう教員採用試験はエントリーしませんでした。この年のインターハイは宮崎県です。勉強できないですし、何なら決勝の次の日が教員採用試験です。途中で、負けたとしても、1日2日ではどうしようもありません。僕は、退職を決意しました。でも、残りの時間は自分の責任を果たすべく、自分が教えられる全てのことを生徒にぶつけました。

2019年3月、監督とコーチの先生は本当に尊敬できる良い先生方で、僕の努力を認めてくださり、最後は子どもたちとミニゲーム大会を開いてくださり、食事にも連れて行ってくださり、綺麗に退職させていただきました。苦しかったけど、絶対に忘れられない日々です。

それから8月半ばまで、教員生活でボロボロになった心身を癒やしながら、ホームページづくりやブログの書き方、SEO(検索順位を上げる方法)を勉強しました。

本当に退職して2ヶ月くらいは、退職してホッとしたのもあり、身体が動かなくなり、寝たきりの生活でした。調子の良いときは勉強して、散歩をしたりして、ただただ休養しました。

病院には行っていませんが、最後の年は職場のストレスチェックで「高ストレス」に判定されたり、頭のキレも悪くなり、自分が自分でない状態になっていました。

長い自粛生活の中、元気になったら何をしようか考えていました。初めは就職先を探していました。子どもと戯れたり、子どもの悩みに触れたりするのは好きなので、児童福祉施設とかどうかなと思っていました。

ある時、僕が教員になってやりたかったことを思い出しました。僕は、大学生のときの教育実習で、不登校経験がある生徒から相談を受けました。その子以外にも、沢山の相談を受けました。他にも実習生がいるのに、相談は僕ばかりでした。話しやすい距離感だったのかもしれません。

僕は、何もしてあげられなくて、自分の無力さを痛感しました。そして、大学院に進学することにして、臨床心理学を勉強しました。いわゆるカウンセラーになるための勉強です。当時は、カウンセリングができるような教師になりたいと思っていました。そして、通信制高校や定時制高校などで働きたいと思っていました。

初心に戻ろうと思いました。実は退職する前も、何で退職するの?と他の先生に聞かれた際は、カウンセラーになる勉強をして、開業できたらしたいです、と答えていました。ちょっとばかりの見栄です。

そして、9月にアパートを事務所兼住居として借りて、三重県松阪市で小さなフリースクールを開業しました。1ヶ月は、買い物をしては設置しての繰り返しで、のんびりと準備しました。

そして、10月にプレオープンという形で、生徒の募集を始めました。松阪市には不登校の子が通える場所としては、教育支援センターとNPOのフリースクールがあります。収容人数は合わせて、50〜60人くらいだと思います。しかし、三重県では不登校小中学生が2000人います。そのうち松阪市には200人います。残り150人くらいいて、僕のフリースクールは、たった8人しか入れませんが、需要はあると思っています。

11月現在、生徒の数はゼロです。Google検索で「松阪市 不登校」と調べると上位4番目くらいにホームページがヒットするのですが、魅力がないのでしょうか、見てもらえていないのでしょうか、来てもらえていない状況です。

やり始めたからには、とりあえず1年は頑張ろうと思います。もし、生活ができなかったら、就職しようと思います。経営は初心者ですが、情報を集めながら、1からやっていくかんじは、面白いです。でも、やっぱり子どもと早く接したいです。

長くなったので、これで終わります。少しでも自分の地元である松阪市に貢献できればと思います。そして、不登校の子どもたち、悩みを持つ子どもたちの心の支援ができればと思います。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。宣伝が下手なので、口コミやSNSで拡散してくださると、とても助かります。もう30歳手前で、お恥ずかしい限りですが、まだまだ皆さんに成長させていただきたく思います。

フリースクールCOZY 中津