フリースクール Cozy 【開業の経緯】

2020年10月15日

はじめまして。

フリースクール Cozy の中津と申します。

今回は、当、フリースクールの開業に至った経緯をお話させていただきます。

開業する場所について

フリースクール Cozy は、2021年に開業する予定です。開業地は、三重県松阪市です。

春は、桜がたくさん咲いていて、風土的にも生活しやすい場所です。何より、松阪市は僕の生まれの地であり、育ちの地でもあります。幼稚園、小学校、中学校、高校も松阪の学校で育ちました。

開業をしようと思った理由

僕は、ずっとバレーボールをやってきて、スポーツや運動の楽しさを伝えたいと、保健体育の先生を目指し、愛知県の体育大学に進みました。大学生のときは、がむしゃらに勉強し、体育・スポーツ科学の大学院に進むことを考えていました。

ところが、

大学4年生の教育実習のとき、年齢が近いこともあってか、たくさんの生徒の悩みを聴きました。進路、友人関係、恋愛、なかには、酷く悲しい臨床的な相談もありました。なぜ、こんなに相談されるのか、また未熟ゆえに、この子たちのために何もできなかった自分がいて、これではダメだ、と思い、臨床心理学を専攻することを決意します。

そして、選んだ大学は、三重大学大学院です。より三重県の教育を深く知ること、色んな教員や教員志望の学生と交流できることを期待しました。教育実習は6月、大学院入試は後期受験の1月、たった数か月しか勉強できる期間がありませんでした。毎日、朝4時に起きて、14時間は勉強しました。心理学の知識は、ほとんどゼロの状態でした。面接では、教授方の前で研究計画を話し、質問に答えるのですが、分野が変われば、研究の仕方や書式も違います。質問されたことを答えられないことは目に見えていたので、熱意で進学したい旨を必死に話しました。

そして、何とか拾ってもらうことができました。

僕は、学校臨床心理学研究室に所属させていただき、修士課程の2年間、勉強とボランティア、研究に明け暮れました。僕の師匠にあたる先生は、非常にテキパキと道筋を立てて指導してくださる先生で、学部生と一緒に基礎知識を詰め込みながら、心理学の研究の仕方、心理臨床の知識・スキル、現場のことなど、丁寧に指導していただきました。

先生方、学部生、大学院生の仲間に、たくさん支えていただいて、この2年間は自分の人生を大きく変えるほど、最大限に勉強できたと思っています。同時に、心理学の書籍や論文を読み続け、自分のことのついても、深い洞察ができ、自己の内面についても成長できたと思っています。

大学院を修了した後、3年間、県立学校で非正規教員として働きました。

1年目は、四日市の特別支援学校(知的)で中学部の保健体育を教えました。大学時代に取得した障害者スポーツ指導員という資格も役に立ちました。その学校に通うのは、知的障害の子たちだったのですが、身体の動かし方、パラスポーツの体験など、良い支援ができたのではないかと思っています。また、特別支援教育の難しさを実感し、子どものことばかり考える日々でした。ここで支援とは何たるかを深く学ぶことができました。教員生活1年目で、不安が大きかったのですが、優しい先生方に囲まれ、丁寧な手解きをいただき、いつのまにか自信もついていました。一生忘れない1年になりました。

しかし、残念ながら、たった1年で異動となり、松阪の工業高校へ。

さて、松阪に戻ってまいりました。今回は、バレーボールの指導がメインのようでした。専門外の工業科でパソコン実習を教えることには、四苦八苦しながらも、部活動のコーチということで、毎日、生徒とともに汗を流しました。この学校は、三重県でも全国大会の常連校として知られ、僕が小さい頃に憧れていた学校です。ここで2年間、バレーへの恩返しと地元への恩返しを意識し、過ごしました。全然、僕の力ではないのですが、監督・コーチをしている顧問の先生方にも優しく丁寧に指導していただきながら生徒の補助をし、2年連続でインターハイ、春高バレーという全国大会にも連れて行っていただきました。また、この高校の子どもたちとの出会いもまた自分を刺激してくれました。毎日、朝練をして、練習試合の後も残って練習したり、バレー以外でも目標を掲げ、夢があり、この子たちが努力する姿を見て、退職までの期間、精一杯のことを指導したつもりではいます。中には、ぶつかった子もいましたが、最後には皆が笑顔で送り出してくれました。

この高校での2年間も、一生忘れない思い出となりました。

さて、ここで転機です。

小さい頃からの夢であった教員です。ずっと、保健体育の先生になりたい、自分の思う最高の先生とは何か、と考えてきました。それは、保健体育の専門的な知識を持ち、生徒や保護者、他の先生から信頼されるような人間性と臨床心理学の専門性を兼ね備えた先生でした。いずれは、通信制高校や定時制高校で悩みを持つ子どもたちの役に立ちたいと思っていました。ところが、採用試験に受からないこともあって、腰を据えて、自分のやりたいことができませんでした。加えて、ある程度の覚悟はしていましたが、教員というのは、想像以上に忙しく、したい勉強もなかなかできずに、時間だけが過ぎていく焦りを感じていました。

もっと子どもの深い部分に触れていきたい。自分を高めていきたい。この想いが強く、我慢できなくなってしまいました。それで考え至ったのが、フリースクール&カウンセリングルームの開業です。地元である松阪市の子どもたち、その保護者、地域の方々のために自分の知識や経験を活かしていこうと思いました。

幸い、松阪市には、学生時代や教員時代に知り合った現職の先生方がたくさんいますので、その先生方、学校との連携がとりやすいというメリットもあります。そして、教育支援の他にも、色んな方を対象にできるという楽しさもあります。また、バレーボールを教えるのは大好きなので、いずれは地域の子どもたちを集めて、バレーボール教室もやってみたいと思っています。僕は、もう一線は退きましたが、クラブチームでバレーを続けています。身体は動きませんが、バレーボールの指導や戦術などには、自信があります。今も、ボランティアでこれまで関わった学校に指導をしに行っています。折角、バレーで繋がったわけですから、この縁を大切にして行きたいと思います。

長くなりましたが、松阪市の皆さんへの恩返しをさせていただきたく、頑張ってまいりますので、あたたかく見守っていただけたら幸いです。よろしくお願い致します。

フリースクール Cozy 中津 仁志